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楽山市委員会

歴史・目的

1981年(昭和56年)に中国四川省の楽山市と友好都市締結をし、様々な交流活動を行っています。楽山市は、市川市に縁の深い郭沫若氏の生れた街です。楽山大仏と峨眉山が有名で、ともに世界遺産に登録されています。
楽山市は、市川市に縁の深い郭沫若氏の生れた街です。楽山大仏と峨眉山が有名で、ともに世界遺産に登録されています。
主な活動:
1)青少年交流:
市川市・楽山市両市の青少年による、夏休みの短期ホームステイを通じて、若い世代の交流を図っています。昨年(2015年)の市川市からの派遣は、残念ながら中止となっています。
2)代表団の交流:
公式代表団の交互訪問、市川市民による親善訪問団、楽山市からの友好訪問団など、機会をとらえて交流を深めています。今年(2016年)は友好都市締結35周年の節目の年であり、相互交流が計画されています。
3)在市川の人を中心に、中国人、中国人留学生との交流
市内にある大学のイベントに参加したり、横浜中華街の春節(旧正月)訪問・見学など、折々の交流機会を広げています。
4)中国への理解を深める活動:
中国の書絵画の展覧会や音楽演劇の鑑賞、講演会の開催、月一回の初級中国語教室など、幅広く中国への理解、中国文化への理解を深める活動を行っています。
左:中国語教室授業風景
このような活動に賛同し、ご協力いただける方、興味のある方のご参加をお待ちしております!

過去のイベント

楽山市青少年代表団来市

平成26年7月31日深夜、猛暑と豪雨に二分されている盛夏の日本へ楽山市から青少年10人が到着しました。男女5人づつ、20歳から11歳で、高校生2人、中学生5人、小学生3人です。団長は峨眉山市副市長(教育担当)の張一力氏と、通訳は楽山市弁公室副主任の王毅氏です。深夜に成田空港到着ということで、即刻に、空港近くで宿泊しました。翌日は待望の行楽日和になりました。銚子方面へ…ウォッセ21とヤマサ醤油工場を見学して後、一路、犬吠埼の宿泊施設へ。途中、黒潮の大波が押し寄せる犬吠崎の景色に圧倒された青少年達でした。楽山市は内陸部ですので、青少年達のほとんどが海を見るのは初めて! 浜辺で波と戯れ、砂遊びを楽しみました。
いよいよ、8月2日は市川市に着き、これから7日間ホームステイするホストファミリーと対面しました。対面式では、初めての試みとして、青少年達が作成した動画(8作品:楽山市の全貌と昨今、家族の紹介)を鑑賞し、最高に良い出来映えに感動し、楽しく楽山市について学び、親睦を深めました。団長からは、「夏休みに日本を訪れることを楽しみにしていました。ホストファミリーと友情を育て、心の中に忘れ難い思い出が出来ると信じています。子供達も日本の素晴らしい所で科学、文化、歴史を学び、かけがえのない経験をして欲しいと願っています。楽山市は観光で有名です。精一杯、接待したいと思います。是非、おいで下さい。」と挨拶がありました。その夜はI-linkタウン展望施設で花火を鑑賞。3日は一日中ゆっくりと自由行動で過ごし、4日は市長・議長表敬訪問、現代産業科学館視察。昴高校では、年齢の幅の広がりに配慮しながら、日本の昔遊びをしたり、卓球をしました。
5日から7日はディズニーランド見学、郭沫若記念館(庭が綺麗で、家屋も清潔に保存され、資料も充実していることに感心していました。梨農園では名果の梨を美味しく食べ、市川市動植物園でレッサーパンダの可愛らしい姿を愛でて楽しみました。少年自然の家で市川市の青少年達とミーティング…戸外ではIIA会員の作ったバーベキューを食べて、スイカ割り、花火遊び、輪座ゲームなどで過ごし、宿泊しました。次の日は、浅草を半日観光。夕刻からは歓送会が開かれ、大勢の出席者でした。団長が「北国の春」を声量豊かに歌うのに合わせて、いつの間にか全員で歌っていました! 女子の可愛いらしいコーラスの次は、男子たちが「青いりんご」という中国で最近流行っている歌をヒップホップダンスで爽やかに登場し大拍手でした。青少年達一人一人が舞台で思い思いに感想を話してくれて、胸が熱くなるくらい感激で、「市川のママ、大好き! …でも、わさびは苦手です〜」の発表には、大爆笑で会場が盛り上がった瞬間でした。8日朝、市庁舎広場は大勢のお見送りで、涙と笑顔が入り混じった中、手を振り合い、再会を誓いました。

市川市民親善訪問団が楽山市へ

2016年7月11日から一週間、市川市公式訪問団とともに、市川市民団が中国四川省楽山市を訪問しました。2001年5月に日中友好を願って市川市民の寄付と中国の出資で設立された中国友言宣学校を訪ねました。郭沫若記念館では銀杏の木の記念植樹をし、友好が続くように思いを新たにしました。世界遺産で有名な楽山大仏をボートから見学しました。歓迎夕食会が開かれ、楽山市からは歌舞団の演技が演じられ、市川市からは3人が日本の踊りを披露しました。峨眉山市のお寺、眉山市の三蘇祠、世界遺産の都江堰、成都ではパンダ園と武候祠等を見学し、有名な麻婆豆腐を始め高級な火鍋などの美味しい四川料理を食べ、短いながらも盛りだくさんの訪問となりました。

楽山市公式代表団が来市

2016年5月22日から25日まで、中国楽山市公式代表団6人が来市されました。
IIAは、23日に市川グランドホテルを会場に歓迎夕食会を開催し90人余りが出席する中、寥ライ楽山市人民副市長以下6人の方々を歓迎しました。先ず始めに、大久保博市川市長が中国語で祝辞を述べられ、喜んでいただけた挨拶でした。公式代表団の団長として、副市長からは、去る4月下旬から5月初旬に楽山市で開催された楽山市峨眉山茶文化博覧会にIIA代表団が協力、参加した事に対してIIA代表団と会員の皆さんへ丁重なお礼の言葉を頂きました。宴席のIIAの皆さんはとても感激しました。三味線、尺八と琴の女性三重奏団の奏でる美しい音色が響き渡り、会場は和やかな雰囲気に包まれていました。宴たけなわになり、成田会長発声の中締めでお開きとなりました。 楽山市公式代表団は、市川市では環境に関する施設、市川市クリーンセンター等を視察され、また、楽山市に縁のある須和田公園内の記念碑と郭沫若記念館を見学されました。副市長は来市記念に色紙に筆を入れられ、郭沫若記念館に収めました。その後、楽山市公式代表団は日本をあとに友好都市交流のためオーストラリアへ出発されました。これからも更なる日中友好が続きますように切に思いました。

楽山市峨眉山茶文化博覧会に協力参加

中国四川省楽山市の要請に基づいて世界各国356団体が参加した楽山市峨眉山茶文化博覧会に、IIAは2016年4月27日から5月2日まで成田会長、永長副会長、大川原前楽山市委員長(茶道表千家)、佐藤和子楽山市広報委員(茶道裏千家師範)、江口愛理(茶道裏千家上級淡交会会員)の5人が参加しました。
茶席は御園棚立礼で2日間、要人席と一般席の2席が設けられました。まず最初は要人席から始まりました。正客は西安市の西北大学名誉教授に、次客は茶文化研究女史になって頂き、私たちがおもてなしをしている様子を要人たちが取り囲み見学しました。要人が薄茶を喫したいと言いましたが主席随行者が次の会場へ案内して行きました。続いて、一般席も黒山の見物人でした。130人のお客様で大盛況。季節を感じる干菓子と一服の薄茶は好評。お土産の手作り和紙懐紙入れ106個は初日開始して間もなく瞬時に渡しきり大変に喜ばれました。時間の関係で多くの来場者が見学するのみでしたので非常に恐縮で、残念でした。それでも、薄茶を喫することが出来ない人たちも、和服姿の私たちと写真撮影をする沢山の人集りで、この時だけはスターになった気持ちでした。

横浜中華街春節見学2016年2月13日

2月8日は中国では春節、日本では旧正月にあたります。横浜中華街は老舗が少なくなり、新装した店が沢山増えていました。今回は日本語ペラペラの威勢のいい女将さんが切り盛りしている上海料理の老舗で上海餅や龍井蝦仁など美味しい正月料理をおなか一杯に食べました。恭喜発財、身体健康と言って金運招財を祈願しお詣りをしました。煌びやかな獅子舞が演じられた公園は満員御礼で後部席の人たちは背伸びをしながら見守っていました。
中国からの観光客も大勢で、国際色豊かな春節の雰囲気を満喫した一日でした。

「始皇帝と大兵馬俑」展鑑賞 2016年2月9日 

『東京国立博物館で開催された「始皇帝と大兵馬俑」展を見てきました。間近に見る兵馬俑は思った以上に大きく、どれも屈強そうな兵士ばかり、一体一体の異なる表情や役割によって変わる服装は、見ていてとても興味深いものでした。

楽山市副市長歓迎夕食会 2015年10月16日 

2015年10月16日、中国四川省楽山市から袁暁松副市長以下6人の代表団が来市されました。大久保市川市長表敬訪問や楽山市にゆかりのある史跡を視察しました。
歓迎夕食会が盛大に開かれ、笹本相談役、成田会長はじめ、縁の深い方々が集まりました。席上、楽山市副市長から、郭沫若記念館を立派に残しているのを見て大変うれしいと挨拶があり、和やかな談笑のうちに交流を深めました。

講演会「漢字の歴史」続編 2015年5月29日 

楽山市委員会主催春名英徳氏による講演会「漢字の歴史(続編)」に出席させていただきました。始皇帝による中国統一の中に漢字の統一、普及もあったこと、後漢時代の「説文解字」という漢字字典の文字の分類「六義/六書」の話など普段何気なく使っている漢字の歴史、成り立ちを教えていただき、たいへん勉強になりました。日本人は漢字を応用して万葉仮名としても活用したほか、平仮名、片カナを作り出し、例えば働、畑、畠、辻、峠など和製漢字を作り、現代中国でも普通に使われている字があることは日本人として誇りに思いました。春名氏の豊かな知識、お人柄、経験に基づくお話や東山魁夷画伯より直接お聞きになった秘話等もご披露いただき、たいへん有意義な総合文化教養講座でした。
 失明してまで12年の苦難の末来日した鑑真和上の唐招提寺と市川は東山魁夷画伯の大作を通じ縁のあること、天智天皇の大宝律令で「日本」という国号を制定し、唐(則天武后時代:周と称していた)に正式な国号として承認されたこと、論語は現代中国で生き続け、周近平主席が有朋自遠方来、不亦楽乎(朋有り遠方より来る 亦た楽しからずや)と論語を引用したこと、などなどの多くの興味深いお話にあっという間に時間がたってしまいました。中国より漢字という日本文化の基礎や多くのことを学んできた歴史を再確認し、春名氏のお言葉通り、日中の民間交流の大切さを忘れずにいたいと思います。
 また次の機会のあることを期待しています。学而時習之、不亦説乎(学びて時に之を習う 亦た説ばしからずや)

莫邦富氏講演会

楽山市委員会主催の講演会が2013年9月25日(水)15時から男女共同参画センターで開催されました。生憎の雨模様でしたが、年配者から学生まで幅広い人達の来場で7階研修ホールはほぼ満席となり、今日の日中関係や講演者の多分野に亘る評論活動への高い関心が伺われます。
講演者は中国人ジャーナリストの莫 邦冨氏です。莫氏は1985年の来日以来、知日派ジャーナリストとして多くの著書やマスメデイア出演により、政治経済から社会文化にいたる広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭」といった新語を日本に定着させたことでも知られています。
笹本IIA会長、そして大川原楽山市委員長の挨拶に続いて始まった莫氏の話に来場者の皆さんは熱心に聞き入っていました。莫氏と市川市の御縁の話題から始まり、困難な日本語学習体験、家族の日本人観の変化などに触れながら本題へと進んでいきました。
莫氏は日中関係を家に例え、日中国交正常化から41年の時を経て、家は老朽化してあちこちにガタが来ており、補修工事が必要な時期に来ているというのです。補修工事すなわち日中関係改善の施策ということでしょう。 特に、印象深く伺いましたことは、一つは「日中の軍事衝突はないと思います。中国は中ソ国境軍事衝突から得た教訓が有り、冷却期間を設ける大切さを理解しています」。二つめは「日中子供50人写真展など草の根交流による皮膚感覚での相互理解の醸成です。又、国策的には、中国から来日する旅客数(2012年実績140万人)が増加して、韓国(年間240万人)、タイ(同270万人)並になりように努め、実りある友好関係に質的に変化させる」という発言です。
その後質疑、応答があり、講演は盛大な拍手の内に幕を閉じました。


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